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新連載!

第二回 月の話

惑星よもやま話、今回ユキコさんが取り上げるのは、月。日々形を変える月は、私たちの暮らしにとって身近な存在。「今日は満月だから、何だか血が騒ぐ」とか「新月だから新しいことを始めるのに最適」などと日々、月の形を生活に取り入れている方も多いのでは? そんな身近な月について、ユキコさんが、心理占星学の視点から、書いて下さいました。へえ、なるほど、と思うこと間違いなし。どうぞご覧下さい。      文/ユキコ・ハーウッド 構成・編集/中谷マリ 

 

 ※ユキコ・ハーウッドの「12星座英国紀行」をお読みになりたい方は、ユキコさんのサイト「星の架け橋」へどうぞ。

 ※本文はユキコ・ハーウッドさんの了承を得て、本サイトに掲載しております。本文の転載については原則お断りいたします。適切な目的でのご利用をお望みの方は、本サイトまでお問い合わせ下さい。

 ※本連載で使用する写真・画像の多くはウィキペディアから引用させていただいております。

 

 



 

 

 



 

月の女神アルテミス(ローマではディアナ)は、お気に入りのニンフや鹿を引き連れ、月明かりの野山を駆け巡り、仮にいそしむ勇ましい存在。その姿は、「もののけ姫」に登場する山犬に育てられた娘サンにも重なるものかもしれません。一方で冥界の魔女ヘカテとも同一視される一面もあり、満ち欠けに応じて乙女、成熟した女性、老女の三つの相を持つ女神を月の女神とする場合もあります。

 前回の太陽に引き続き、今回は月のお話です。

全知全能の神ゼウスと、愛人のレトから生まれた双子のアポロとアルテミス。占星学ではアポロが太陽、アルテミスが月。この世に存在する二極性を物語るペアとして考えられています。

 

 ギリシア神話のアルテミスは、純潔な処女神で安産の守り神。同時に狩猟の神でもあり、夜になると三日月型の弓矢を抱え森や泉のニンフを従えて、山や谷を駆けめぐって狩りをします。ローマ神話ではダイアナという名で、やはり弓矢を持って描かれます。

 

 

 さて。人間も植物も夜に成長することから、月には「十五夜お月様」に象徴される、育み慈しみ愛する母性的な豊かさが込められます。これはわかりますね。

 ところが。安産の神であり、狩猟の神。出産を見守る一方、動物を弓矢で殺す。一見、相反するこの行為をどのように受け止めればよいか、今日はそこに焦点を当ててみましょう。

 

 まず月は母親の元型を担います。子供を育てる母性であり、理屈では説明できない幼子の心理状態や健康状態を聞かずとも察する能力を表します。テレパシー的な力とも言えるでしょう。

 この受動性のアンテナ感度が弱いと、一から十まで口で説明してもらわないとわからない感受性の鈍い人になってしまいます。

 

 

そして新月から上弦、満月、下弦と月の満ち欠け同様、この世に生きとし生ける全てのものは、生命のサイクルから逃れることはできません。大地から生まれ出るもの、寿命は違っても、いずれは死んで地に還っていくのです。

 春、草花が芽吹き、夏に生い茂る。秋には落ち葉が散って、冬は死に絶えたように枯れ木になる。そして春にはまた新芽が出る。人間も同じです。幼少期から思春期、青年期を経て中年期へと。そして壮年期と老年期を迎え、大地に還る。と同時にどこかで新たな命が生れる。どんなに科学が発展しても、私達はこのサイクルに従わなくてはなりません。

 

 

 つまり、月には命を育む営みと同時に、生命を牛耳る自然の力も託されているわけです。

先ほど、「子供を育てる母性」と書きましたが、母性には「呑み込む力」も含まれます。

 例えば、親猫が危険を感じた時に、子猫を呑み込んでしまう。これは太陽が表す理性ではどうにもならない「本能」の成せる業としか言いようがありません。

 

子供を飢えや寒さから守る愛情も母性の表れなら、衝動に突き動かされて呑み込む行為も母性の働きです。小さな子供は母親に100パーセント依存しないと生きてはいけませんね。物騒な言い方になりますが、子供の命を握っているのも母親なのです。

他人は公衆の面前、そうそう簡単に子供殺しはできません。すぐに周りの人に取り押さえられて警察がやって来ます。

 

 我が子殺害はあまりに極端な例ですが、ここまで行かなくても、母性や女性性の中には、愛するものに溶け込みたい願いがあります。往々にして本能の力は理性を上回ることが多く、へ理屈でも何でも相手と一体化したいという願いは、なかなか醒めることが難しく、あたかも相手を自分の所有物のように錯覚しがちです。つまり子供本人の「太陽」、子供の理性と自我の成長を妨げてしまうのも、月に託された母性の本能的な一面と言えるでしょう。

インド生まれで、日本でも子育ての神様として知られる鬼子母神。もともとは夜叉毘沙門天の部下、武将八大夜叉大将の妻で、500人の子の母でしたが、それらの子を育てるだけの栄養をつけるために人間の子を捕えて食べていたということ。これも母性の負の側面を物語っているようです。釈迦によって改心し、今では安産・子育ての神様として崇められています。写真/Goddess Hariri With Baby

 例えば、娘をピアニストにしたくてヤッキになるステージママ。「子供の頃、ピアノの音色にどんなにか憧れたけど、家は貧しくピアノのレッスンなんて叶わぬ夢だった。」と自分の願いを娘に託し、タチの悪いことに、それが娘にとっても最大の幸せだと信じ込んでしまいます。

 

 あんまりマイナス面ばかり書くと我ながらウンザリしてくるので、これぐらいにしておきましょう。

ただ、この世に存在する性質は全て、一長一短なのです。月が表す母性や女性性の中には、愛するものと一心同体になりたい、故に相手を所有したい、そして呑み込みたい本能もあれば嫉妬心もある。

 

 太陽には「個」として独り立ちする、感情に流されない理性の力が込められ、月には相手と一体化して思い図る能力が託されます。

 この力があるからこそ、「苦しい」と訴える息子の姿が夢枕に現れ、胸騒ぎがしてあわててアパートにかけつけると息子は高熱でうなっていた。そういうこともあるのです。

俗に言う「虫の知らせ」です。

 

そして理屈抜きで「お前の言うことが正しいよ。そりゃあ、先生の方がまちがってるよ。」と言ってくれる母やおばあちゃんがいるからこそ、世の荒波も乗り越えようという元気が出てくる。

 また「頑張らなくていいよ。疲れたらいつでも家に帰っておいで。」と言ってくれる母ならずとも、故郷の犬や川が存在するから、外の世界に向かう勇気が湧いてくる。

 

 アルテミスは人に見られることを嫌い、自分の森にいる時だけ裸になってくつろいだそうです。月には、さらけ出せないデリケートな心の弱さも託される、と私は考えます

 

 男性でも女性でも、心の痛みと弱さがあるからこそ、優しくなれるのです。

 

 呑み込みたい本能も母性の働きなら、お腹をすかせた子供達に温かいご飯を作るのも母性の表現です。

 愛情を注ぐ対象は我が子や恋人でなくてもよい。手料理を食べてもらった相手に愛情の見返りを期待するのではなく、料理という行為そのものに愛情を込めるのです。料理にかぎらず園芸でも陶芸でも何でもよいです。特定の相手ではなく、自分の行為に純粋な愛情を注ぐ。そして人からの感謝の念でなく、自分の内面から感情の泉に潤いを与える。

 このようにして愛情を純化することが、一人一人の星座は違えど、月に託された人間の心の成長課題かなと考えます。

 

 次回は水星のお話です。

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2015年12月3日(木)日本時間午後8時から9時

2016年1月7日(木) 同上

 

 

 ふるってご参加ください。

詳しくはユキコ・ハーウッドのサイトをご覧ください。

 

 

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