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ジュリ・ルメ(旧姓・中田寿莉)さんは、三年前にフランスの中央ロワール地方にあるサンセール村でフランス中央ロワールワイン委員会のディレクターを務めるブノワ・ルメさんと結婚して、2010年よりかの地で暮らしている。美容師を志し、ヘアメイクの勉強のためにNYで暮らしていた頃、親しくなったフランス人モデルからワインの美味しさやその世界の広がりを教えてもらったというジュリさん。帰国後人生の方向転換をして、ソムリエの資格を取得。レストランでの経験を経て、2005年に渡仏し、シャンパーニュやアルザス、コニャックなどの生産地で、直に生産者からの教えを受け、ワイン作りや畑仕事を学んできた。

 

ブノワさんとは、その後東京の輸入会社で働いている時に、たまたま友人を頼って休暇で訪れたロワールで出会った。フランスワインに惚れ込み、とことんのめり込んだ末のマリアージュだ。サンセール村に移り住んだ彼女は、主婦業の傍ら、地元の生産者に日本へのマーケティングなどのアドバイスをしたり、フランスや欧州のワイン専門誌や国際ワインコンクールのテイスターを努めたり、パワフルに活動をし始めていた。

そんなある日、衝撃的なニュースが伝わってきた。 日本が巨大な地震と、津波に襲われたというのだ。 それによって福島にある原子力発電所が破壊され、 大量の放射性物質が流れ出た。人や家畜や建物やク ルマが濁流に呑まれる映像を見て、サンセール村は 大騒ぎになった。多くの住民が「日本はこれで終わっ てしまう」と感じているようだった、とジュリさん はその時を述懐する。  数少ない日本人であるジュリさんの元にも、多く の人から「どうなんだ」という心配や不安の声が寄 せられ、彼女は日本の友人・知人からの生の情報を 得ては、地元の人たちに伝え、まずは落ち着いても らうことに専念した。  フランスはご存知の通り原発の推進国で、全廃を 決めたお隣のドイツに電力を供給している。フラン ス中のワインや農産地からほど遠くない土地に原発 が存在している。サンセールにも 30 キロ圏内に建 設されていて、日々煙を出しているのを村から眺め ることができるという。


「フランスでは地震というものがほとんどなく、噴 火しそうな火山などもない土地が多いので、地面が激しく揺れて多くのものが破壊されるという経験 がないだけに、日本から送られてきた映像は衝撃的 だったのだと思います」  著者が人づてで聞いた話では、かつて大航海時代 に大国として名を馳せたポルトガルが衰退の一途を たどった原因が、大地震による津波だったという事 実が、ヨーロッパの人たちの記憶に生々しく残って いて、今回の日本の大地震と重ね合わせて捉えられ たという背景もあるようだ。


「そのため欧州では事実がかなり誇張されて伝わり、 日本全土が沈みかけているかのように伝えられてい たのです。でもそれもしばらくすると正確な情報が 伝わってきて、フランス人たちも落ち着きを取り戻 してくれました。サンセールではパニックになる人 はいませんでしたが、他の地方ではかなり神経質に なったフランス人が多く見られました。サンセール はむしろ早い段階で冷静さを取り戻し、逆に日本や 日本で暮らす人たちのことを気にかけて『自分たち にも何か出来ないだろうか』と私に声をかけてくれ るようになったのです」

「日本の会社は、震災後数ヶ月もすると、まるでもう復興したかのように動き始め、ワイン産地に買い付けに戻ってきてフランス人たちを感嘆させました。しかしその影で忘れ去られ始めている人々のこともニュースで見聞きし、私たちの間で話題になっていたのです。お金持ちの国、ニッポンというイメージが強いフランス人に、違和感なく、また個人主義の彼らを一致団結させて飽きさせずに何年も支援のメッセージを送るには、それなりに知恵を絞ってモチベーションを保ってもらう必要があるのも事実です。だから被災国の国民としてただ支援をお願いするのではなく、自分もこの地で暮らす者として、彼らとともに働いてこの土地ならではの復興支援が出来ないものか、いろいろと模索し続けました」


そしてサンセールの人たちのこの思いを取りまとめて、日仏の飲食文化の交流を図り、被災地のために役立ててもらう働きをすることが、自分に課せられた役割なのではないかと思い至ったのだった。


こうして2011年、フランス政府の認可を受けて<トモダチ・ソリダリテ>が立ち上がった。代表はジュリさん。顧問としてサンセールのワイン生産者や醸造学博士、そしてジュリさんの夫が名を連ねている。

2012年6月に開催されたサンセールのワイン博物館での「和食とワインのマリアージュを楽しむ会」はこのように大盛況だった。

ジュリさんは、日本で暮らしていた頃から公私ともに親しくしていて、サンセールでの彼女の結婚披露パーティで250人分の和食を準備してくれた料理研究家の上田淳子さんと組んで、2011年6月30日にサンセールのワイン博物館(メゾン・ド・サンセール)で、アペリティフ・ア・ラ・ジャポネーズと題したイベントを開催した。淳子さんの甚大な協力により、「うま味」をテーマにした地元のワインに合う和食を作り、大々的にアペリティフの会を行い、地元はもとよりパリからも多くの親日和食愛好家が殺到することになった。参加者の上限が120名のところ137名の人が訪れ、イベントは予想以上の反響を呼んだ。地元のワイン生産者が自ら進んでワイン提供を申し出てくれたこともあり、全員参加型の一体感あふれるイベントとして地元新聞やラジオ局からも取材された。

 

ジュリさんたち<トモダチ・ソリダリテ>のメンバーは、このイベントの売り上げを使って、まず地元産のワインボトルに貼る支援メッセージを込めたステッカーを作った。ステッカーのデザインは地元のデザイナーが無償で引き受けてくれた。

 

『私たちは、被災地のことを忘れず、ずっと見守り、友情によってつながり続けますよ』という思いを込めたステッカー。

 

このステッカーが貼られたワイン3600本が、このたび日本のワイン輸入会社を介して、日本の市場に出回ることになっている。

 

一方、このイベントで供された巻き寿司はフランス人にとって目新しい和食の味として新鮮に受け止められ、その後も大小のイベントでジュリさんに声がかかるようになった。

 

「ロワールの様々な地方の食材を巻き寿司の中に入れて、ご当地巻きを作ったんですよ。サンセール巻きとかペリション巻きとか。食べた人の中には『味も食感も異なるいろんな素材がご飯と海苔にくるまれて見事に調和している。これが日本という国の文化なんだね』と言ってくださる方もいて、「食」を通じて文化交流を行うという<トモダチ・ソリダリテ>の趣旨も十分伝えられていると思います」

イベント中の仕込み風景。近所に住むフランス人女性も手伝って和気あいあいの雰囲気。

作ったのは、かしこまった懐石料理などではなく、日本ではハレの日にも日常にも食されるカジュアルな巻き寿司

「だから何とかして日本酒に関わる人たち、特に福島の酒蔵さんとつながれたらと思っていたところ、昨年の9月に思いがけないご縁に巡りあったのです」

 

それはジュリさんが日本で暮らしていた頃、面白いワインを手に入れるたびに、持ち込みで友人との会合を行っていた東京新宿・荒木町の「月の蛙」がもたらしたご縁だった。

 

2012年9月26日のこと。たまたま日本に来ていたジュリさんが久しぶりに友人たちに会おうと「月の蛙」に予約を入れたところ、店主からちょうどその日に渋谷のセルリアンタワーで開催される「福島美酒の会」に参加した後に開店すると聞いて、彼女もそこから参加することを決めたのだった。

「月の蛙」はゑにし主宰・古賀愛子が経営する店。しかもこの時期、ウェブマガジン「月刊 ゑにし」では「会津若松」特集を展開していたので、古賀と「月刊ゑにし」編集長の竹澤は写真家の坂齊氏とともに、すでにこの会に参加することを決めていたのだった。

 

こうしていくつかの意味のある偶然が重なって、久々に再会したジュリさんと福島の酒蔵さんをお引き合わせすることが出来、その日は遅くまでワインと酒の話で盛り上がった。

 

とはいえ私たちがジュリさんの活動の詳細を知ったのは、彼女がフランスに帰ってからのこと。何度かメールやネット上の電話システムを使ってやり取りをするうちに、<トモダチ・ソリダリテ>のことや、その趣旨を理解するようになった。

 

そして2012年年末、サンセールを訪ねるジュリさんの友人に、福島の日本酒を五本、私たちで準備して託すこととなった。ジュリさんはこの日本酒にワインと同じステッカーを貼り、今年の3・11メモリアルイベントで披露し、地元のワイン生産者や飲食業の方たちに味わってもらおうと計画している。

「私は今、できるならワインだけではなく、日本で生産される日本酒のボトルにも私たちの作ったステッカーを貼っていただけたらと考えています。そうしてワインだけでなく日本酒も並べて、フランスのチーズや和食とのマリアージュを楽しむイベントを開催したいと思っています。つまりそれによってフランスからの一方的な発信ではなく、日仏双方が手をつなぐきっかけになると考えているのです」

 

2013年のイベントは5月24日、昨年と同様サンセールのワイン博物館で行われることが決定している。私たちはこの日に出来るだけ多くの日本酒が並ぶように、こちらでも動いてみます、と約束した。

 

もしこの記事を読んで興味を抱き、たまたま酒蔵にご縁のある方がいらっしゃったら、ぜひ一声かけていただけたらと思う。

2012年年末、「月の蛙」店主でヱニシ主宰の古賀愛子がセレクトしてサンセールを訪ねるジュリさんの友人に託した日本酒にはトモダチソリダリテのステッカーが……

トモダチソリダリテのメンバー。手前右から二人目がジュリさんのご主人ブノワ・ルメ氏。その左側が上田淳子さんとジュリさん。

2012年9月26日に開催された「福島美酒の会」で、福島酒造協同組合の理事長を務める会津若松・末廣酒造の新城社長と並んだジュリ・ルメさん。新城理事長は「来年、サンセールに行けたらいいなあ」と呟いていた

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